みなし残業は、一定の残業代(=みなし残業代)をあらかじめ給与や手当に含めて支払う制度で、「固定残業代制」などともいわれます。一定程度の残業代が、実際にその時間残業をしなくても支払われるというもので、一見すると従業員にメリットがあるようにみえますが、実際にはあらかじめ決めておいた残業時間を超過して残業しても超過分の残業代が支払われないなど、トラブルが多いのも現実です。以下、みなし残業のメリットやデメリット、注意点についてみてみましょう。
1.みなし残業(固定残業代制)とは
みなし残業とは、一定時間分の残業[1]代をあらかじめ賃金や手当に含むものです。みなし残業やみなし労働時間制といわれるものには、一般的に以下の3つの類型があります。
(1) 一定限度の残業代をあらかじめ賃金や給与手当等に含める制度(固定残業代制)
(2) いわゆる事業場外みなし労働時間制[2]
(3) いわゆる裁量労働時間制[3]
このうち、(2)(3)はどちらも法律上規定のある固定労働時間制の1種であり、事業場外での勤務が多く厳密な勤務時間を把握しにくいとか、独立裁量が認められる職務であって勤務時間を指定しにくいなどの理由から、想定しうる一定の時間を勤務時間とみなす制度であり、厳密にはみなし残業とは異なります。
今回は特に(1)のいわゆる「みなし残業」について、その要件や注意事項を簡単に説明していきます。
2.みなし残業導入の目的
みなし残業(固定残業代制)については法律上特段の規定があるわけではありませんが、企業がこの制度を導入する目的は、細かい残業代を計算する手間を省くためです。
たとえば毎月およそ20時間程度の残業が発生する業務においては、この残業代を常に発生するものとみなし、あらかじめ給与額に算入しておくことで、各従業員の残業時間を毎月計算する必要がなくなり、企業にとっては大幅な労力の節約になります。
他方、労働者にとっては、たとえ実際は15時間しか残業していない月でも、安定的に20時間分の残業代を受け取れるメリットがあるのです。
3.みなし残業導入の留意点
以上のようにメリットが多いようにみえるみなし残業ですが、その未払い賃金をめぐって争いが起こりやすいという問題もあります。以下、みなし残業の留意点について説明していきましょう。
みなし残業の第一の留意点は、サービス残業が発生しやすいことです。
すなわち、現実には月30時間を超える残業をしているにもかかわらず、固定された20時間分の残業代しか支払われないとなると、従業員は本来受け取ることができるはずの残り10時間分の残業代を受け取れなくなり、不当です。
そこで、企業は、みなし残業として想定した時間を超過した勤務時間分については、別途その残業代を支払わなくてはなりません。
しかし、そもそも本来の業務に対する基本給に当たる部分と、超過勤務時間に対応する残業代部分とがそれぞれいくらなのか分からなければ、勤務時間がみなし残業時間を超過しているかどうか不明ですので、実は自分がサービス残業を強いられているとしてもその事実にすら気付けません。
そこで、企業がみなし残業を悪用して残業代を不当に減額することがないよう、厚生労働省も、募集要項や求人票などに次の①から③の内容すべてを明示するよう求めています(厚生労働省HP内「固定残業代を賃金に含める場合に関するリーフレット」)。
① みなし残業代を除いた基本給の額
② みなし残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
③ みなし残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨
これら①から③の内容については、労使間で十分な協議がなされること、および、就業規則や労働契約などに明示[4]されていること、さらにその内容を各従業員が十分に理解していたと認められることが必要でしょう。
この点、全基連HP掲載「泉レストラン事件」(東京地判2014年8月26日)において、裁判所は、みなし残業の有効要件について以下のように述べています。
すなわち、一定額の手当の支払がいわゆる固定残業代の支払として有効と認められるためには、
①当該手当が実質的に時間外労働の対価としての性格を有していること
②当該手当に係る約定(合意)において、
a)通常の労働時間に当たる部分と
b)時間外割増賃金に当たる部分
とを判別することができ、したがって「通常の労働時間の賃金に当たる部分から当該手当の額が労基法所定の時間外割増賃金の額を下回らないかどうか判断し得ることが必要」とされています。
なお、これらに違反して企業が公正な残業代を支払わなかったと認められる場合には、法律[5]違反として裁判所からの支払いを命令されたり、さらにそれと同一額の付加金[6]の支払命令を受ける可能性もありますのでご注意ください。
みなし残業に関する第二の留意点は、労働基準法の制限を超えた違法に長時間の残業を労働者に強いる結果となりがちなことです。
この点、全基連HP掲載「イクヌーザ事件」東京高判2018年10月4日では、月80時間を超える固定残業代契約の違法制が問われました。判決は、月間80時間に近い時間外労働を恒常的に行わせることが予定されていた当該固定残業代契約を、労働者の健康を損なう危険のある契約であり公序良俗違反として無効であると判断しました。
一般的に継続した月間80時間以上の残業は過労死ラインとよばれています。みなし残業として固定する残業時間はこのような過労死を生じさせる危険を避け、やむを得ないとしてもできるだけ36協定による原則である月45時間を超えないよう注意しましょう。
また、企業としては、みなした固定残業時間を超過した場合の割増賃金を正確に把握・計算できるよう、従業員の勤怠記録については忘れずに保管し適宜チェックしてください。
なお、月間60時間を超える残業について、従前適用を猶予されていた中小企業においても、2023年4月1日から割増賃金率が25%から50%に引き上げられます[7]。
これにより長時間残業の場合におけるコストが跳ね上がることになりますので、人員の増強や労働時間短縮のシステム構築など、早めに対策を立てることをお勧めします。
4.まとめ
以上のとおり、みなし残業は企業にとって面倒な計算を省略でき、労働者にとっても一定のメリットはありますが、他方、労働者に違法な長時間労働を強いる結果や、適切な割増賃金が支払われない事態が発生するなど、トラブルも少なくありません。企業としては、残業代を節約するためにみなし残業を導入することのないよう、くれぐれもご注意ください。
弁護士業、事務職員等を経て、現在はフリーライター。得意ジャンルは一般法務のほか、男女・夫婦間の問題や英語教育など。英検1級。
[4] 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない(労働基準法第15条第1項)。
[5] 時間外、休日及び深夜の割増賃金支払義務に関する規定(労働基準法第37条第1項)。