「買収による起業」という選択肢をご存じでしょうか。通常、起業といえば設備も人材も何もかもゼロからのスタートを想像することが多いかもしれません。しかし、昨今、諸事情により会社を手放そうとする経営者から割安に会社を買い取る「買収による起業」という新たな手法が脚光を浴びています。
とはいえ、既存の会社を購入し経営を引き継いだところで本当に成功するのか不安に思う方も多いでしょう。そこで今回は買収による起業のメリットやリスク等をまとめてみました。
1.M&Aとは
M&Aとは英語でmergers(合併) and acquisitions(買収)の略です。簡単に言えば、複数の会社が1つになったり(合併)、ある会社が他の会社を買ったりすること(買収)です。
バブル崩壊後国内に流入した海外ハゲタカファンドなどに対抗すべく、大手金融機関や小売業などは、再生をかけ積極的なM&Aに乗り出しました。そのため、大企業同士のM&Aばかりが目立ち、小規模オーナーには無関係と考える人も少なくありません。しかし昨今、高齢化や後継者不足、経営不振など諸事情から会社を手放そうとする小規模経営者が増加し、これに伴い、中小企業のM&Aは年々増加傾向にあります。
参考:経済産業省「中小M&Aガイドラインについて」(2020年3月31日公表)
そこで以下、会社買収による起業に焦点を当てて考察してみましょう 。
2.買収による起業のメリット
買収による起業には、新規で事業を立ち上げる起業に比べどんなメリットがあるのでしょうか。以下、4つのポイントに絞って検討します。
(1) 会社設立の手続不要
通常、会社設立による新規事業の立ち上げには、複雑な手順が必要になります。例えば、社員募集、定款作成及び認証、設立登記、税務署への届出、社会保険や労災保険等に関する手続など多岐に渡ります。そのため、立ち上げた事業が開業にこぎつけるまで、ないし軌道に乗るまでに一年〜数年かかることも。また、登記手続や定款の認証など、各手続に際しては諸費用もかかります。
この点、既存の会社を買収すれば、これらの手続を基本的に省略できます。つまり、時間と手間とコストを大幅に削減できるのです。
(2) 許認可を引き継ぐことができる
立ち上げる事業によっては許認可が必要な場合もあります。例えば飲食店であれば保健所に食品営業許可を取る必要がありますし、リサイクルショップであれば警察署に古物商の許可を取らなくてはなりません。許可まで厳しくはなくとも、旅行代理店であれば旅行業登録、不動産業であれば宅地建物取引免許など、業種や事業内容によって内容もその申請先も様々です。
新規事業立ち上げではこれらを綿密に調査し手続を全てこなす必要がありますが、買収による起業であれば、基本的には既にある会社の許認可を引き継ぐことができます。もちろん例外もありますので、必ず所轄の官公庁などに確認をとることはお忘れなく。
しかし、これらの煩雑な手続を経ずに済むという事は大きなメリットになるでしょう。
(3) 取引先を引き継ぐことができる
買収の際には「のれん」と呼ばれる「目に見えない資産価値」にも注目してください。買収先企業が保有するブランド力や技術力はもちろんのこと、ことに重要なのが取引先です。
飲食店であれば食材や飲料の仕入れ先、ウェブデザイン制作会社であれば常連の受注先など、信頼と経験で培われた取引先は一朝一夕では入手できない貴重な財産です。
これらを労せずして丸ごと引き継げる点も、中小M&Aの大きな魅力です。
(4) 人材を引き継ぐことができる
買収による起業の最も大きなメリットの1つが、人材を継承できる点です。美容業界を例にとると、固定客を多く擁する美容師、エステティシャンやネイリストなど、収益の中核を担うべき人材がいることは、将来の収益維持・事業拡大にとって重要なポイントになります。
ところが、人手不足の厳しい昨今、スキルやノウハウを有する有能な人材を獲得することは非常に困難です。コロナ禍における飲食業や観光業など特定の業種を除けば、やはりいまだに慢性的人材不足感は否めません。
参考:厚生労働省統計情報・白書「令和元年版 労働経済の分析―人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について―
ですから、買収により当初から優秀な人材を承継できれば、新規事業立ち上げに比べて相当なアドバンテージを得られるのです。
3.買収による起業のリスク
とはいえ、当然、メリットばかりというわけではありません。以下、買収による起業のリスクについても見てみましょう。
(1) 財務状況が厳しい会社の買収
M&Aにおいて、経営者が会社を売りに出す理由は様々です。たとえば、起業プロセスそのものをチャレンジとするタイプの経営者などは、会社が一定の利益を産出できるようになると、次のステップに向けいったん利益を確定すべく売却に踏み切ることがあります。最近ではCASHアプリを立ち上げわずか数か月でDMMへの売却に踏み切った光村勇介氏などがその典型といえそうです。
参考:東洋経済オンライン2018/03/03 9:00「DMMとZOZOが認めた起業家、光本勇介の気概」
その他には従業員の高齢化や後継者不在、業績の悪化なども売却理由として挙げられます。
買収交渉の際には当然、財務諸表や決算書等を精査することが必須です。もし対象が、業績悪化で財務状況が厳しい会社であれば、直近数ヶ月の売り上げや利益状況をチェックして、なぜこのような状態に陥ったのか原因を明らかにし、自分がその問題に対応できるかどうか検討しておきましょう。
さらに、これらの書類に現れない簿外債務や、会社が負担している連帯保証債務、フィットネスクラブや美容院などで見受けられる前受金など、場合によっては隠れ債務がある場合もあります。
お買い得な企業買収には落とし穴があるかもしれないと、綿密な下調べも忘れないでください。
(2) 人材流出の可能性
営業譲渡や買収に伴い、従前の従業員を必ず獲得できるわけではありません。買収を機に目当ての人材が退職してしまうこともありますし、場合によっては事業の継続ができないほど大量の退職者が発生する場合もあります。
そこで、人材流出回避の努力義務を売主に課す条項を契約に入れてもらう、目当ての人材に対しては買収後相応の処遇を確約するなど、人材流出を防ぐための努力を怠らないようにしましょう。
(3) 引き継ぐだけでは不十分なことも
せっかく買収に成功しても、既にあるものを引き継ぐだけ、あるいは目先を変えてみるだけでは、社内外の評価を得られないことが少なくありません。特に業績不振による売却の場合、被買収社の従業員は自らの処遇など将来への不安を抱くだけでなく、目新しい変化による前向きな未来を期待しています。また、取引先からも、相互利益の拡大可能性について厳しい目で見られるため、目に見えて変わったと評価される必要性があります。
したがって、買収前に培われた既得の財産を承継しながらも、過去の悪しき部分を刈り取る目新しい組織戦略が必要になるでしょう。
4.まとめ
以上のように、買収による起業には難しさもあるけれど、自分が本当にやりたいこととマッチするのであれば、一から立ち上げる新規の起業方法よりもずっと魅力的になる可能性が高いといえます。しかも、中小M&Aの市場は年々拡大しており、それに伴い専門業者も増加中ですので、プロへの相談も容易になりました。これから起業するなら、「買収による起業」を選択肢に入れてみてはいかがでしょうか。
参考:経済産業省「中小M&Aガイドラインについて」(2020年3月31日公表)
弁護士業、自治体子育て支援業、事務職員等を経て、現在は主にフリーのライター。得意ジャンルは一般法務のほか、男女・夫婦間の問題や英語教育など。英検1級。