黒字決算を迎えたはずなのに手元に現金がない、または決算は赤字なのになぜか手元に現金があるといった経験をされたことはありませんか?損益計算書や貸借対照表などの財務諸表をもとに経営することは企業経営の基本中の基本ですが、資金繰りの状況を正しく把握し、管理することも同様に、場合よってはそれ以上に重要です。資金繰りとは何か、資金繰りを管理することがなぜ重要なのか、資金繰りを改善する具体的な方法などについてまとめてみました。
1.資金繰りとは
資金繰りとは、一言でいえば会社のお金の出入りのことです。英語ではキャッシュフロー(Cash flow)と呼ばれています。キャッシュフローのフローとは「流れ」という意味ですので、資金繰りとはお金の流れという意味にもなります。企業を経営する上では損益計算書や貸借対照表などをもとに経営することが重要ですが、資金繰りをもとに経営を管理することも重要です。なぜでしょうか。
「勘定合って銭足らず」という言葉を聞いたことはありませんか。帳簿上の計算は間違っていないのに、なぜか手元にお金がないという状態を表した言葉です。帳簿(損益計算書)の数字は間違っていないのに、なぜか手元にお金がない。なぜそのようなことが起こるのでしょうか。
一般的に財務諸表は発生主義で計算されます。例えば、売上が発生するとその時点で売上が計上されます。しかし、掛けで販売し、支払いを90日後とした場合、実際にお金が入って来るのは90日後になります。つまり、売上の計上日とお金が入金される日の間に90日のズレが生じることになります。これが、「勘定合って銭足らず」を生じさせる主たる原因の一つです。
また、設備投資も「勘定合って銭足らず」を生じさせる主たる原因となり得ます。例えば、大型の設備投資で相当の現金を支出したとしても、費用算入できるのは減価償却費のみとなります。多くの場合、出て行ったお金と減価償却費がイコールになることはありません。
ほかにも、損益計算書に計上された数字と実際のお金の出入りとの間にズレを生じさせる事象は多々あります。資金繰りとは、実際のお金の出入りを把握し、それをもとに会社の経営を管理することなのです。
2.資金繰りを管理することがなぜ重要なのか?
では、資金繰りを管理することがなぜ重要なのでしょうか。一言でいえば「会社を潰さないため」です。それは一体どういうことでしょうか。
上に書いた通り、多くの企業において、売上の発生時期と実際の入金時期にはズレが生じるケースが多いです。特に製造業などの場合、製品の製造を開始してから販売し、お金が入金されるまでに相当の時間がかかります。お金が入金されるまでの間も、人件費や家賃などのお金は出ていくわけで、いくら売上が計上されたとしても出ていくお金をまかなうお金が入金されないかぎり資金繰りは赤字になります。一般的には、売上が増加する中で回収サイトが長くなると「黒字倒産」が起こるリスクが高まります。
一方、損益計算書上では利益はマイナスだとしても、手元に十分なお金があれば人件費や家賃などの費用を支払うことができます。特に借入や増資などによって手元に相当の現金があれば、損益計算書が少々赤字であっても、経営的には続けることが可能です。
資金繰りの要諦は、手元に現金を確保し、会社のゴーイングコンサーン(事業の継続性)を確保することです。費用をまかなえる現金があれば、会社を継続させることができます。実際に、アメリカには営業収支が大幅なマイナスなのに、なぜか事業が存続している会社が少なからず存在します。株式上場によって相当の資本を集め、手元に十分な現金を確保しているからです。
3.資金繰り改善策
では、実際に資金繰りを改善するにはどうすればいいのでしょうか。具体的なポイントを挙げて説明します。
(1) 売掛金の回収サイトを短くする
資金繰りを改善するポイントの第一は売掛金の回収サイトを短くすることです。売掛金の回収サイトが長いほど、資金繰りが悪化する可能性が高まります。特に売上の急増が見込まれる状況で売掛金の回収サイトが長くなると資金繰りが急に悪化するリスクが高まります。売掛金の回収サイトを短くし、売上と実際のお金の入金とのズレを短くすることで、資金繰り破綻のリスクを減らすことが可能になります。
可能であれば、売掛金をゼロにする取り組みに挑むのも有効です。最近はクラウドファンディングを活用するケースが増えていますが、クラウドファンディングのように先にお金を入金してもらい、それから製造を始めるといった展開が出来れば理想的です。
(2) 買掛金の支払いサイトを長くする
また、買掛金の支払いサイトを長くすることで資金繰りを改善できます。買掛金の支払いサイトが短いと、その分会社の現金が流出し、逆に買掛金の支払いサイトが長いと、その分現金の流出を先送りできるからです。製造業などの現金化までのスケジュールが長い企業は特に、仕入れなどの買掛金を可能な限り長くするべきでしょう。また、資金繰りが苦しい場合なども、仕入れ先などに支払いサイトの延長や変更を申し入れるべきでしょう。
(3) 不要な在庫を減らす
在庫は、資金繰りを管理する上で非常に重要です。在庫は、資金繰りに極めて大きな影響を及ぼすからです。例えば輸入業などの場合、商品を輸入すると倉庫などに収め、保管します。商品が販売され、出荷されるまでの間在庫となるのですが、その費用が馬鹿になりません。特に冷蔵や冷凍が必要な食品などの場合、在庫コストは相応に高くなります。
筆者が以前関与したケースで、ドイツからチョコレート菓子を輸入した輸入業者の事例があります。ポリフェノールを多く含有するというチョコレート菓子を大量に輸入したのですが、初の取引であり、支払いは全額前金でした。2カ月かけて船で輸入し、倉庫へ搬入するのですが、チョコレートということで冷蔵が必要で、冷蔵倉庫会社と新たに契約する必要がありました。そのために通常以上の費用が支出されました。
さらに、鳴り物入りで輸入されたチョコレート菓子はさっぱり売れず、半年以上も倉庫に眠り、最終的にはバッタ問屋に二束三文で買い取られました。その間、在庫にかかる費用はすべて持ち出しとなり、チョコレート菓子を輸入した会社は結局経営破綻しました。在庫は、本当に会社を潰してしまう、実に恐ろしいものとなり得るのです。
資金繰りを健全な状態に保つには、不要な在庫を減らし、在庫水準を適切なレベルに保つ必要があります。そして、場合によっては損切りをしてでも現金化した方が資金繰り的にはプラスになることもあるのです。また、大口の販売が見込める場合でも、在庫負担が大きいと資金繰りを悪化させる原因となるので注意が必要です。
(4) 不要な資産は処分する
業績の良いオーナー企業などの中には、「保養所」や「社宅」などの名目で資産を持つケースが少なくありません。あえて言及するまでもありませんが、そのような収益を生まない資産を保有することは会社の資金繰りにとってマイナスとなります。会社の売上に直接貢献せず、逆にキャッシュを持ち出してしまう資産は、不要であれば処分してしまう方が資金繰り的にはプラスになります。リゾート会員権やゴルフ会員権なども、不要であれば処分してしまう方がいいでしょう。
(5) リースやレンタルを利用する
上に、多くの場合設備投資などの支出は会社の資金繰りを悪化させると書きましたが、実際に高額の設備投資を銀行からの借入で行わず自己資金で行う場合は、資金負担が相応に大きくなります。それゆえ、リースやレンタルを利用することで資金流出を防ぐことができます。自動車なども同様に自己資金で一括購入せず、リースやレンタルの利用を検討しましょう。最近は自動車をカーシェアリングで利用する会社も増えてきているようです。
(6) 事業に関係のない投資はしない
オーナー企業などの中には、知り合いの会社やベンチャー企業などに相応の投資をしている会社が少なくありません。中には、自社の事業とまったく関係がないスタートアップ企業に投資をしているケースもあります。言うまでもありませんが、そうした投資のほとんどが資金繰りにとってはマイナスです。
特に未上場企業の場合、株式を売却して現金化することが非常に困難です。多くの場合、投資したお金は回収できずに終わるパターンに陥ります。自社の事業にとって確実にメリットがある、または投資したお金が必ず回収できるといった確信がなければ、自社の事業に関係のない投資はすべきでありません。また、親族企業などへの私的な投資などをしないことは言うまでもありません。
(7) 借入金の金利・返済条件を変更する
特に資金繰りが厳しい会社の場合、現在の借入金の金利・返済条件を変更することで資金繰りを改善できる可能性があります。筆者が見たところ、金融機関のいうなりの金利や返済条件で借り入れをしている会社が少なくありません。
直近の金利水準に照らし、どう見ても金利が高いといった場合は、金融機関に金利の引き下げを打診しましょう。また、返済期間が短い借入なども、返済条件の変更を打診しましょう。最近は返済期間15年程度の長期での借り換えを促す制度融資なども登場してきているので、メインバンク以外での借り換えも含めて検討すべきです。また、最近は見なし資本とされる劣後ローンなども登場してきているので、利用が可能な企業は利用を検討してみてもいいかも知れません。
4.まとめ
以上、資金繰りとは何か、資金繰りを管理することがなぜ重要なのか、資金繰りを改善する具体的な方法などについて説明しました。資金繰りは、業績が悪化した会社において厳しくなるのが一般的ですが、一方で、売上や事業が拡大している時も厳しくなる可能性があります。特に、事業の立ち上げから一気に事業を拡大させているベンチャー企業などにおいて、運転資金や売掛金の増加により、資金繰りが一挙に悪化するケースもあるのです。
企業にとって、資金繰りはある意味損益計算書よりも重要かも知れません。企業の血液というべき資金繰りを正しく管理し、手元にキャッシュを十分に確保できるよう健全な「キャッシュフロー経営」を目指して下さい。最後に、アメリカのベンチャー企業研究の権威、ハブソン・カレッジ教授ジェフリー・ティモンズ氏による、著者のお気に入りの言葉をお贈りします。
「(企業にとって)資金管理が重要だ。幸福はプラスのキャッシュフローだ」
(参考文献)
ジェフリー・ティモンズ,ベンチャー創造の理論と戦略,ダイヤモンド社,1997年
大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスでビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年、経営コンサルタントとして独立。事業再生、アメリカ市場進出、コンテンツマーケティングなどを中心に指導を行っている。米国でベストセラーとなった名著『インバウンド マーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。